こんにちは!広報担当のYuyaです。
つい先日、ボーダレスハウスに嬉しい連絡が!
「Yuyaさん!ついに物件が決まり、彦根で国際交流シェアハウスのクラウドファンディングを始めました!」
彼はボーダレスハウスに今年の初めから九月の終わりまで住んでいた沖本怜くん。東京でのインターンを終え、インターン先やボーダレスハウスに住んでくれていた経験を活かし、「絶対、滋賀県でも国際交流シェアハウスをやりたい!」と退去し、ついにその夢の一歩を踏み出しました。
ボーダレスハウスの元入居者さんがボーダレスハウスの滞在を楽しみ、ボーダレスハウスで得たものを活かし、滋賀県に広めようとしている。
ボーダレスハウスとしてこんなに嬉しいことはありません。
彼は入居していた時もスタッフと入居者の垣根を超え、パーティに誘ってくれたり、事業の相談をしたりしていました!
ということで!本日は友人でもある怜くんのクラウドファンディングへの応援もかねて、全身全霊で駆け抜けている彼を取材してきました!
突然ですが、滋賀県彦根市で国際交流シェアハウス始めます。

ーまずは簡単に自己紹介をお願いします!
滋賀大学休学中、3.5回生の沖本怜(おきもとれん)です!
学部は教育学部で、教育に興味があり最初は先生を目指していました。大学で様々な経験をしていくうちにビジネスの分野で起業したほうがより広い範囲で人にきっかけや経験を与えられるのではと考えるようになりました。
それをきっかけに大学を休学して京都や東京でインターンシップをしていました!
東京でインターンシップをしたときに住んでいたのがボーダレスハウスです。
今は滋賀県に戻り、彦根で国際交流シェアハウスを立ち上げ準備中です!
ーそうなんだね!そんな思いがあって東京でインターンしてたの知らなかった!じゃあ怜くんはなぜボーダレスハウスを選んだの?
僕の中でシェアハウスに漠然とした憧れというか、想いがありまして。
絶対に人生の中でシェアハウスに住むぞ!とずっと前からなんとなく決意していました。
東京にインターンシップできたときに、よし、シェアハウスに住もう!と7~8社くらい内見して、その中でボーダレスハウスさんの内見が僕的には一番好きだなと感じたのでボーダレスハウスにしました。
ー7~8社!?そんなに見たの!?バイタリティーすごすぎる。そんな数ある中でボーダレスハウスの決め手はなんだったの?
一番の決め手は内見の時のスタッフや入居者さんの雰囲気でした。もちろん立地や値段感もあったんですが、なによりいいなと思ったのはボーダレスハウスで内見に行った物件のコミュニティがとてもオープンだったことでした。
僕はまだ住むかわからない内見者なのにもかかわらず、リビングにいた入居者さんがすごく話しかけてくれて、「今日はハウスパーティあるから参加しなよ」って晩御飯に誘ってくれたんです。
そこで、すごく交流する土壌というか、ボーダレスハウスに住んだ後にどんな風にコミュニティに参加できるかってのが想像できたので、ここだ!と決めました。
ーおおお!国際交流シェアハウスを通して多文化共生社会を広げたいと思っている私たちとしては怜くんの想いがうれしすぎる!まさにボーダレスハウス冥利に尽きるね。じゃあ国際交流シェアハウスを立ち上げようと思ったきっかけはボーダレスハウス?
インターンシップ先で新規事業の立ち上げに携わるうちに、起業の勉強にはインターンシップで得られたことをもっと実践していく必要があるのでは?実際に何かやってみたいという気持ちが日に日に強くなっていました。
そんなもやもやを抱えながら、ボーダレスハウスでの生活の中でこんな交流が活発なシェアハウスがもっとあったらいいなと思っていて。
もともと国際交流にもすごく強い思いがあったんですけど、そういうのも全部ひっくるめて、これだ!!とひらめいたんです。
「滋賀県彦根市でこんな国際交流シェアハウスを立ちあげよう!」
漠然と、でも絶対実現できる。そう言う意味ではボーダレスハウスに住んだことは僕にひらめきを与えてくれたきっかけの一つでした!
国際交流に興味を持ったきっかけは大学一年生。オーストラリアに短期留学。

ー普通のシェアハウスでも滋賀県彦根市では珍しいのに国際交流シェアハウスにしたのはなんで?
それは僕が国際交流が好きだからです!どうせならただのシェアハウスじゃなくて、好きな国際交流と好きなシェアハウスを掛け合わせて滋賀にないものを作りたい、そう思って国際交流シェアハウスにしました。
ー好きなもの同士をくっつけたんだね!なぜ国際交流が好きと思うようになったの?
きっかけは大学一年生の時に行ったオーストラリアへの短期留学でした。
たった一ヵ月の留学だったんですが、いろいろな国籍や人種が行きかう町、そしてオーストラリアという国のスケール感。
その全てが新鮮で、僕にとっては日々新しいことに出会える刺激的な毎日でした。
新しい人に出会って価値観に触れること、見たこともない文化を体験することがとてもたのしく、同時に、彦根が狭いな、もっと国際交流したいなと思うきっかけにもなりました。
ーなるほど、彦根は狭い。ってすごいインパクトある言葉だね。すると彦根市には国際交流ができるような場所はないの?
僕も最初はないなと思っていました。だから京都や大阪の国際交流系のイベントを探して参加していました。
けど探すうちに実は彦根市がアメリカのミシガン州と姉妹都市で毎年50人の交換留学生を受け入れていることを知りました。

そこからすぐに家族に頼み込んでホームステイの受け入れ先として登録して、エマという女の子がホームステイに来てくれ、彼女の滞在中はたくさんお互いの文化について語りあかしたのを今でも覚えています。
彦根に国際交流の場所がないわけではない、きっかけがないだけで手を伸ばせば彦根でもあのオーストラリアで見た景色が見れるんだと思いました。
赤の他人のはずなのに、仲間を超えて家族になれる。そんな空間の面白さがシェアハウスにはありました。

ー自分で国際交流を求めていく行動力がいまのシェアハウスの立ち上げにつながってるんだね!ほんとにすごい!!でもそもそもどうしてそんなにシェアハウスに魅力を感じているの?
もともとシェアハウスって単語はなんとなく知ってたんですが、滋賀県では見たことはありませんでした。初めてシェアハウスに触れたのは去年の冬、知人に連れられて神楽坂にある早稲田生が8人くらいで住んでいるシェアハウスに行きました。
リビングに入って、そこで住民がすごく温かい空気間で迎え入れてくれて、ご飯をシェアしてくれたり、いろんな経験を話してくれて。
単語で知っていたシェアハウスが初めて僕にとってリアルに降ってきて、衝撃が駆け抜けました。
ーその衝撃ってどんなものだったの?
普通の家は住むためのものですが、シェアハウスは住む機能に加えて出会いと交流、そして学びの場だと思いました。
僕はずっと実家で暮らしてきて、一人暮らしもほとんどしたことがなかった。なので赤の他人と住むってことが不思議な感覚でした。
だけど赤の他人であることなど関係なく、シェアハウスという形で一緒に住むことっていう同じ目標のもとで仲間や集った、友情を超えた家族に近い、不思議な絆が生まれること。
そしてその中でまた新しい考えを得たり、家族にもできない相談ができること、そこに僕はシェアハウスの可能性を感じ、こんなコミュニティを創りたい、シェアハウスに関わりたいと強く思いました。
ボーダレスハウスで学んだことは多面的でグローバルな目線で物事を考えること

ー実際にそんな衝撃を受けたシェアハウス、しかも一風変わった国際交流シェアハウスに住んでみたわけなんだけど、そこで怜くんが学んだこと、感じたことってある?
ボーダレスハウスに住んで一番自分が得たなと感じたことは物事を多面的でグローバルな目線で見れるようになったこと。僕は世界って言葉のスケールが好きなのでこの目線を世界目線って僕の造語で呼んでるんですが(笑)
具体的には、僕たち日本人は島国で、何に対しても当たり前のように日本的目線で見てしまいます。
別に悪いことではないんですが、ボーダレスハウスに住んだ時に外国籍のハウスメイトと話す中で、「僕の国ではこうだよ。」、「私の国ではこう考えるよ。」といった風に一つのことでも国によって全然考え方が違うことを知って、自然と○○が住んでいた国ではこれはどう思うんだろう?、じゃあ、あの国ではどうするんだろうと物事をとらえるようになりました。
自分の持っている価値観を当たり前だと信じ込むのではなく、多面的に考えるようになったことで受け取る情報がもっと立体的になったのがとても大切な感覚だと思いました。
ーそれは確かに私たちスタッフも日々入居者さんから気づかせてもらってるかも!そういえば途中で別のボーダレスハウスの物件に移動したけどそれはなぜだったの?
同じ運営会社の別のシェアハウスを見てみたかったからです。
ハウス移動をして気づけたことは、同じボーダレスハウスのシェアハウスでも、そこに住んでいる人や立地によってコミュニティの色がまったく異なるということでした。2件とも物件での滞在もとても楽しかったですが、同じボーダレスハウスでもこんなに色があることは僕がシェアハウスを作るときにとても参考になりました。
ーそうだね、コミュニティや交流ってやっぱり各物件の色があって、だからハウス移動って面白いよね。ちなみにボーダレスハウスの食事体験プログラムにも参加してくれていたけどどうだった?
たくさん学びのメモとってたんですけどなんだろう…(笑)
でも他のコミュニティからシェフを呼んだり、ほかのボーダレスハウスの方と触れ合える場だったのはすごく良かったです。
シェアハウスって入居者の入れ替わりがあったとしてもどうしてもそこに住んでいる人でコミュニティを形成するので、なかなか出会える数が限られていて、そんな中で別のシェアハウスや団体の人と触れ合えたことは新しい価値観に触れるきっかけになって、こんなきっかけの場を日常的に作れたらなって思いました。
人と出会う楽しさ、人から学べることの豊かさ。それを知れるきっかけを彦根に作りたい。
ーありがとう…!プログラム担当として涙出る。でもそもそもどうしてそんなに人との出会いを大切にしているの?
僕、大家族の末っ子で、めっちゃ甘やかされて育ったんですけど、そのおかげですごく人が好きなんです。
それに転勤族だったので新しい場所で新しい人と出会うことがとても好きで。
それでいろんなところに突撃して、シェアハウスやインターンシップ、イベントでたくさんの人と出会ってきました。
そこで感じたことはやはり新しい人との出会いはとても楽しく、人生を豊かにしてくれるということ。
そんな出会いの場を彦根で創っていきたいと思いました。
僕は運が良かったからたくさんの人と出会えたけど、滋賀県の他の学生はこんなきっかけをもとめているのにそれが滋賀にはない。
だったら僕がやるしかない。
学生同士で繋がり合い、もっと国際交流や人との出会いを活性化できるのは学生という身分でできること。
それは僕が東京で得たヒントであり、国際交流シェアハウスを運営しようという決意でした。
僕一人ではなくみんなで紡いでいきたい。だからこそクラウドファンディング。

ー今日もっと深く怜くんを知れてすごく嬉しい!怜くんは滋賀でどんなシェアハウスを作る予定なの?
3つ、かかげているコンセプトがあります。
一つは彦根市全体における国際交流拠点としてのシェアハウスにすること。
二つ目は入居者さんのための国際交流シェアハウスを超えて、彦根の社会人や大学生や留学生がその空間やイベントを通して交流し、視野を広げられるようなHUB系シェアハウスにすること。
そして三つめは彦根市という地方都市だからこそ地域を巻き込み、老若男女問わず地域交流の場にすることです。
そのために入居者主体でイベントなど、新しいことをたくさんチャレンジできるシェアハウスにしたいと思っています。
ー最後にぜひブログを読んでる人々に一言!
僕がクラウドファンディングを選んだ理由としては経済的なところもありますが、僕一人ではなくたくさんの人とこの国際交流シェアハウスを創り上げていきたいと思ったからです。

出会い、交流、そして学びは人がそこにいなければ絶対に生まれません。
このシェアハウスに出会ってくれた学生たちにそれを知ってほしい。
だからいろんな”人”の想いをシェアハウスに込めて、みんなに愛されるシェアハウスにしたい。
そう思ってクラウドファンディングを始めました。
まだまだ走り出したばかりではありますが、必ず滋賀県彦根市のいえばHIKO HOUSE!と知ってもらえるくらい自他ともに認める交流拠点に挑戦していきますので、応援のほどよろしくお願いいたします!
ということで!こんなに熱い想いを持つ彼をボーダレスハウスとしても後押しするっきゃない!
ボーダレスハウスも公式アンバサダーとしてクラウドファンディングをしていきます!!

